※ 2008年 上海、無錫の旅 ※
2001年―2005年まで週1回、
中国語の家庭教師をしてくれた女子学生の謝さんが2006年9月に学位を取得し、
上海外国語大学に就職したのは2007年3月である。
その謝さんから院長(学部長)と相談して決めたので、
大学で何か講話をして欲しいと依頼があった。
当方も中国の学生と交流したい希望があり、テーマや形式を相談した結果、
日本のお菓子を用意して私の講話「現代の日本」と質疑応答の後、
美津子が茶道の手前を披露することになった。大学には和室があるという。
日程は9月新学期にならないと決まらないので
7月中旬に9月23日―28日で航空券の予約をした。
9月になり、始めの予定の2年生のみを対象とするのではなく、
24日の昼休みを利用して2-4年生の誰でもが参加出来る形式となった。
菓子は最中と煎餅を美津子が手配してくれた。
昨年出来たという新幹線に相当する「動車組」を利用して無錫にも1泊旅行することとした。
9月23日
MKタクシーが5時40分に来た。
先客は75歳の老人でフィリピンに向うという熟年離婚の独身らしい。
芦屋の平田町で婦人を乗せて友人の渡辺邸の前を通り関空に向った。
荷物の安全チェックは航空会社に預けてから行うことになったらしい。
洋定食を摂り、DCのラウンジで時間を待った。中国国際航空は意外に空いていた。
上海では長い通路をバス停まで歩いた。
バスは左から来るので驚く。一人20元、我々は前後ろに分かれて座席に座れた。
万博会場建設の工事が目につく。70分で終点に着く。銀河賓館前である。
道路を荷物を押して進み、紅橋賓館でチェックイン。兌換レートは1万で623元。
その後私のみ1階でビールを飲んだ。落花生は無料。1本50元(¥750)である。
同じ1階の土産物店で地図を買ったところ売り子の叔母さんが
日本語の熱心な勉強家でそれ以降前を通りかかる度に声を掛けられた。
携帯電話は表示時間は中国時間に変ってるが謝さんにかけると「圏外」と表示されて失望した。
室内の電話からも連絡に失敗してフロントに
確かめに行ったところ丁度彼女がフロントに来てくれた。
室内で明日の段取りを打ち合わせる。麦茶は彼女に渡した。タクシーで「七宝古鎮」へ行く。
時間はもう6時で電飾が綺麗。ここはミニ江南情緒の味わえる観光スポットである。
私はダンス用のベルトを100元で求めた。
このあたりかなり郊外と思うが謝さんも憧れる「高級マンション」がある。
7時我々を歓迎してくれる(接風という)料理店へ向ってると主人の楊さんも歩いて来た。
私は無錫のホテルを「LAKE VIEW」と確認を頼んだ。
案の定130元アップの750元で予約出来た。
インターネットの調査のお陰である。
料理は鍋で汁を6種類から選択、つけ汁は20種から好みに調合する。
羊、豚肉が美しく盛られてる。楊さんはハルピン生まれで
日本の私立大学卒業後、日本の企業の営業畑で働いてる。
今は電気関係の会社で35歳。日本語はやや分かり難い。
謝さんは帰国後人を介して知り合ったという。
私は黄酒「石庫門」500mlを一人で飲んだ。
大して酔わない。楊さんのマンションは近所で6階にある。EVはない。
2人が7月に撮影した写真集を見せて貰う。唐時代の衣装を着てる二人もある。
中国人は本当に色んなポーズを撮るのが好きらしい。
溥儀の弟「溥傑」が書いたという双幅の軸をかけてる。
彼の父が昔2000元で買ったという。浄水と沸かした水の設備もある。
彼の車でホテルまで送って貰った。部屋で祝い金など贈呈。
七宝古鎮
謝さんと(おなじく七寶)
9月24日
起床すると携帯電話がなんと使えるようになってる。
大学の運転手とは10時の約束なので付近の散歩をした。明日のための下見である。
中国は「常時右折可」である。道路を横断する際には厳に左に注意である。
延安西路駅を確認して天山公園を通りホテルに帰る。
9時50分大学の運転手の楊さんと落ち合える。車は一路西へ。
ゴルフ場と組み合わせた別荘広告もある。1時間で文教地区に到着。
日本語科は「日本文化経済学院」という。白亜の建物内で女性の徐教授に挨拶。
戴副院長が食堂に案内してくれる。騒がしく、打ち上げ会が開かれてる。
我々が大学の正門を入る際に「迷彩服」を
着た学生がいたので怪訝に思っていたが訳が分かった。
9月入学の新入生が2週間の軍事教練を受けて今日は解散式なのである。
沢山の兵士もいる。我々夫婦は隅で戴先生、謝さんと共にご馳走を食べた。
蛇料理は硬くて食べられない。
戴先生は83-86年阪大に留学してた由。準備のために切り上げて学院に戻る。
各学部に一人の共産党幹部がいる。20畳くらいの和室に大きな和机が4つ、
それをロの字にして私は正面に座り机の上に懐紙を敷き菓子を載せた。
後列の人には畳の上に懐紙を引いた。院長から謝礼袋を受領。領収書は不要らしい。
私は北京オリンピックの成功を祝い、張監督のフアンであることも述べた。
日本から予め謝さんにネットで送っておいた資料の朗読をする。
ところどころに中国語を入れた。
唐の詩人の「年々歳々花相似 歳々年々人不同」という詩は
日本人の心情にぴったりですと中国語で読むとざわめいた。
30分過ぎて座談形式の質疑、
「日本人はなぜ残業するのか」「日本人は睡眠時間が少ないのか」
「なぜ東京と大阪ではエスカレーターの習慣が違うのか」「大阪弁が聞きたい」
「女性は部長になれるのか」「日本人の女性の肌はなぜ美しいのか」
「学生時代は何をしてましたか」など活発。驚くべきは皆正座してる。
質問は聞き取れる日本語でしてくる。12時45分から美津子が手前をする。
謝さんは男女1名づつを客人として指名する。
後で分かったことであるが女性は茶道部の元部長らしい。
1時には昼からの授業がある学生は引き揚げ、3人が残って手前に参加。
一人の男性は河南省の許昌学院の先生で
「うちの学校でもこんな話をしてくれないか」と言う。
神戸に帰宅したらメールが入っていた。胡新祥さんという。
日本の貿易用語をここで臨時に研修してるらしい。
1時40分、終了の挨拶のために院長室に行く。
「いやー学生さんの日本語力に圧倒されました。」というと戴先生は
「当校学生の日本語検定試験の合格率は1.5倍です」と胸を張る。
両先生と記念写真を撮る。
車は今日中自由に使って欲しいというのでキャンパスを徐行して貰った。
イスラム語科、英語科、ロシア語科などユニークな建物である。
日本語科の建物の屋根も日本風にしてある。次いで謝さんのマンションに行く。
16階の7階にある。EV付。65万元したという。
なかなか豪華。内装は別なので返済が大変と思う。
楊さんのマンションを貸してここを本拠にするという。
楊さんが市内に通う高速代、ガソリン代と賃料が見合うという。
3時に謝さんと分かれた。運転手の楊さんは48歳で一人息子が大学3年生という。
「息子さんが卒業したら家計がグット楽になるよ」と言った。
ホテル内の「荷花園」で夕食。エビ焼売、ワンタン、水餃子など。
流石に今日は解放感がある。
講演
茶道披露
院長らと
ロシア館
イスラム館
英語館(以上大学)
9月25日
5時に起きた。部屋で粥を食べる。
タクシーには「近いが20元払う」というと心良く応じてくれた。
美津子は車内に傘を忘れたという。「軌道三線」で上海駅に向う。
服務員が一人4元で券を購入してくれた。
券は入り口ではかざして通過、出口で回収される。
これも謝さんに要領を聞いていたから出来ることである。
上海駅では表示に従って歩き、漸く南広場に出た。まだ7時。
休むところを探していたら何とラブホテルに迷いこんだ。
探し当てたセルフサービスの店で美津子は焼売1.5元、
私は白米の粥1.5元 処により物価が違いすぎる。
私は日本のフリカケを利用。動車組の客は特別の待合室がある。
1-8号車の乗客はここと指定がある。時刻表や無錫の地図を買った。
15分前に入場する。5分前になると入場禁止となる。動きだすとなるほど速い。
車内に時速200kmの表示が出る。車窓は工業地帯である。
99年復旦大学のバス旅行で蘇州に来た際は農村風景であった。
9時47分に無錫着。写真を写してるとタクシー乗り場で最後尾になった。
勇に50人が前にいる。しかし捌くのも早い。係りが左右のタクシーに振り分ける。
湖濱飯店には11時前に到着。部屋から湖が見渡せる。
ホテルの庭を横切り湖に3階建てのレストランがある。
頬に湖の風、朝とは雲泥の差の雰囲気で昼食を味わった。
蟹粉小竜包、鶏スープの麺、焼き飯、
美津子は当地の太湖茶(翠竹茶)がおいしいと言う。
その後風光地区に行く質問に頼りないフロントがいて悶着の挙句、
ベルボーイが「バスで行けば2元」というのが正解であった。
大通りでバスを待つことしばし。女性運転手の車(K1)は亀頭渚公園に到着。
ここで105元の入場料を払うと小型のバスがクラクションを鳴らす。
飛び乗った。降りると船着き場が近いらしい。
向こうから来る客に聞くと波止場があるという。
太湖仙島という島まで遊覧船で30分、鴎が多数飛び交う。
南京から来たというカップルと話した。
帰途の船は3時半というので島を散歩した。
このあたりは1998年に開発したと地元のガイドが解説してる。
太湖は広い。我々はほんの一部を見てるだけである。
帰途デッキに上がると団体の人が我々を注視する。
白い帽子と美津子の赤い帽子は目立つ存在である。
波止場から公園入り口までのバスを待っていたら温州から
来たという女性が「貴方方は格好が良い」と言ってくれる。
70歳と言うと「若く見える」と言う。
温州からここまで汽車で13時間かかるらしい。
日本では蜜柑で有名である。ホテルに帰るのもバスを待つ。
終点に待機するバスに「1号線加斑車」の表示は
応援車ということが分かっていたので良かった。
ホテルの食堂では当地の名物、スペアリブと銀魚を食べた。
黄酒は300元と無茶高いので「和酒」にした。
上海で醸造される老酒の一種らしい。
部屋から太湖(湖浜ホテル)
遊覧船
9月26日
朝から風がきつい。風呂にゆっくりつかる。今朝はホテルの果物のみ。
電気ひげそり器が放電したので最近日本で買った国際的に使える充電器を使った。
近所のLI園公園を散歩する。
昨日から観覧車が動かないので怪訝に思っていたが原因が分かった。
28日にオープンなのである。龍舌蘭が分離帯にある。
フロントで「影視文化城」は面白いかと問うと「面白い」という。
タクシーで向かうとなんと昨日の波止場の近所で、「三国城、水滸城」入場券90元で
求めると今まさに合戦のエキジビション最中で観客が喚声を挙げてる。
馬に乗った武者が駆ける。アルバイトの旗を持つ歩兵が多数。最後は凱旋行進。
赤壁の船など三国志ゆかりのセットがある。水滸城に入ると俄然人が少ない。
後日小説を読むべしである。疲れてきたので場内の有料車で入り口まで来た。
なんと先ほどのタクシー運転手がいるではないか。
行きと同じく18元のところ20元を支払う。
再び湖の2階のレストランで昨日注文しなかった料理を注文した。
三鮮ワンタン、餅、焼き飯、老式麺など。
帰りはタクシーではなく、バスに乗ることにした。
Li園からバスで無錫駅まで2元である。20番は始発が前の駅であるので空いている。
しかも速い。無錫駅前の2階の喫茶、ここはレモン紅茶が25元、鉄観音も25元。
待合室は混みあう。動車組は4時10分発車のところ4時8分に出る。
これには本当に驚いた。地下道を通り、軌道3線駅に到着。
軌道電車ではまた美津子に席を譲る青年がいた。
20分歩いて汗にまみれてホテルに辿り着いた。昨日の散歩が役に立つ。
6時20分。7時に謝さん夫婦が来る。「別有天」を予約、タクシーで向った。
店名は「原創私房菜」と変ってるが同じらしい。
田辺君推薦の通り落ち着いた雰囲気である。
一皿の分量が少なく、品数を多くとり590元であった。
今日は結婚を祝う祝宴である。美津子も「高級感がある」との意見であった。
デザートは楊さんの勤務先の近所の炭焼きコーヒーに行く。
旗持つ兵隊
凱旋
蜀の幹部前
演芸場(以上三国城)
梁山泊の訓練場(水滸城)
9月27日
今日も天気である。9時にロビーで涂小姐と待ち合わせ。
謝さんが自分の代わりに選んでくれた案内する友人である。
白い帽子の私と赤い帽子の美津子が目印。まずタクシーで龍華寺に行く。
昨晩謝さんが9時ころに電話したら「これから映画を見る」
というので何を見たのか聞いてみたら「ハリーポッター」であった。
寺は広大である。歴史的には唐代に淵源があるこの寺は1899年に再建されたもの。
南の塔だけは宋代のもの。涂さんは蛇歳の32歳。入場券で一つ線香が貰える。
涂さんは捧げて四方に祈る。僧侶も多い。読経も聞こえて寺らしい。
庭園で亀のいる池を見た。
VIPの僧侶一行が到来したのか龍華寺の僧侶が並んで門前で迎えてる。
ここから重慶南路へはバスで行く。じょさんはプリペイドのパスを所持してる。
ここでも美津子は席を譲られる。涂さんはサングラスをしてる。
停留所に重慶南路と表示が出たので後部座席の彼女に
身振りで尋ねると「未だ先だと」指で教えてくれた。
降りたところが「新天地」らしい。西洋風の道路にはみ出た瀟洒なレストランが並ぶ。
じょさんは「この辺は高い」という。
案内して呉れたのは台湾人が経営する落ち着いた店でセットメニューから選択する。
勘定は280元。彼女は趣味が歌というので美津子からカラオケに行こうと提案する。
一人3時間以内で39元という。我々はビルの3階の307号室。
葡萄ジュースが大瓶で9元。先ず言葉で選ぶ。
国語、英語、韓語、日語、その他である。日語は歌の名前、歌手から選択できる。
「大海、故郷」を彼女と合唱できた。彼女の歌はなるほど上手い。
我々は「いい日旅立ち」「ここに幸あり」「北国の春」「ラノビア」「YESTERDAY」
「オーソレミオ」「昴」など、最後に「ふるさと」を重唱したら彼女は録音していた。
街角で婦人2人がジャスミンのブローチを作ったり、繕いものをしてる。
涂さんはそのブローチを2つ求めて呉れた。百貨店で美津子は靴を買う。
468元。タクシーでホテルに帰る。24元。信じられないくらい安い。
隣の銀河賓館の2階の日本料理店に行く。「花月」という。
寂れた感じだが「蛸」「さんま」など味は悪くなかった。婚儀が4組もある。
それを見学した。会場前に新郎、新婦の写真、席順が立ててある。
当地では家族親戚が花嫁に近い席である。一つのテーブルで10人くらい。
謝さんも200人招くという。紅橋賓館でも3組。
龍華寺の塔
涂さん
9月28日
地図を見て、近くの「新紅橋花園」に行く。
公園である。上海でもかなり大きい公園で価値があった。
鳥かごを外気に当てる老人たち、太極拳を楽しむ人、
二胡とバンジョウの伴奏で歌う老人、緑豊かで安らぎを覚えた。
チェックアウトをして再び「荷花園」で昼食。早い目にと1時のバスに乗る。
1時間15分で到着。CA便を探すが無い。ここは1楼でCAは2楼ということを知った。
どうして行けるのか慌てた。幸い親切な人に尋ねたものである。
「あそこのバスで行ける」と付いて来てくれた。10分毎に無料バスが循環運行してる。
ここでも美津子は席を譲られた。6日で4回目である。白髪のせいなのか。外国人だからなのか。
関空に着いた。携帯電話は流石に日本製か到着後1時間後に須磨の母に帰国報告出来た。
気温は20度、23日とは様変わりに秋らしくなっていた。
合奏
2008年9月23日~28日 上海、無錫の旅